私は47歳、男性です。私が競馬に魅了されたきっかけは、高校生の頃でした。友人に勧められた訳でもなく、馬券に興味があった訳でもなく、自分でたまたまテレビに映っていた競馬中継に吸い込まれる様に見入ってしまった事を覚えています。そのテレビ中継のレースに、若きシンボリルドルフの走りを見て、圧倒的な強さに、良くわからないながら、感動したのを覚えています。そのレースの後に、競馬というものは何なのだろうと、友人や本を見て、時には高校生なのに、東スポを買ったりして、学校の勉強以上の熱量で、勉強したのを覚えています。当時は、インターネットもなく、お金のない高校生でしたので、図書館などに行きながら、情報を得ていました。でも、そのインターネットがなかった事で、好きな馬だけではなく、競馬全体を知る事が出来ました。もし、当時、インターネットがあったら、自分の好きな馬の情報を得るだけだったと思います。きっと競馬の深みまでは知る事はなかったと思うと、良かったのかなと思っています。競馬は知れば知るほど、深さが増していきます。こう言っている私自身、まだまだ知らない事だらけですが、究極のエンターテインメントであり、ショーだと思います。それは、馬自身の純粋さと競争能力と言う本能と、そして騎手との相性や距離や走りの適正、全てをコントロール出来た馬だけが、勝つ事が出来ると思っています。だからこそ、三冠馬なんて言うのは、奇跡に近いのではないでしょうか。大好きな馬を見つけると、その父親や母親を知りたくなります。その父親や母親の時代のライバル馬を知り、そこにまた感動のドラマやエピソードがあったりします。そして、私が競馬にとって一番、魅力のある部分は、親かた子へとバトンが、引き継がれていく所です。私が若き頃に大好きだった名馬が引退し、その後、その大好きだった名馬の子供が誕生します。全ての子供達が、活躍出来るほど、あまくないのが競馬の世界ですが、その中でも活躍する名馬の子供を見て、親の走りと子供の走りをダブらせて、見ているだけで感動します。そこに二世代、同じ騎手が乗馬したりすると、偶然ではない、奇跡を感じたりします。人は仕事に慣れ、環境になれると、要領を覚え、時に手を抜く事もあります。大人になれば、なるほど、一生懸命と言う経験が少なくなってきます。そんな時に純粋に競馬で走っている馬達を見るだけで、常に一生懸命な姿に、反省し、がんばるパワーをいただけます。理屈ではない、毎回の一生懸命で純粋な戦いは、自分にとっての原点を思い出させてくれます。